N.Y[3] 闘いのしるし

日本に戻った時、私はある事を言って友人達を驚かせた。反応が面白いのでまず第一声はそれを言う事に決めていたのだ。その言葉とは・・・。
「見て見て、私の目の上。腫れてるやろぉ?どないしたと思う?あんな、いきなり殴られてん。何にもしてへんのにやで。ほんま、アメリカ人は怖いわ〜。」
私の目の上は実際、腫れて内出血している状態だった。もちろん殴られた訳ではない。殴られた訳ではないが強い衝撃があった事は確かである。そう。強い強い衝撃があったのだ。


金欠状態に陥った私は残しておいた1万円を手に、ロウアーマンハッタンに向かった。途中、ソーホーで下車し、今からお金が増えるという安心感を持って喫茶店に入った。まだ両替もできていないのに随分大胆な行動に出たものである。喫茶店を出た時にはほぼ無一文状態となり、まっすぐ両替所を目指す以外には選択の余地がなくなっていた。もう他の事は目に入らないのである。

ロウアーマンハッタンはビルが立ち並ぶ美しい街である。辺りは目的を持って歩く人たちで溢れ、私も同じように目的を持って歩いていく。空を突き刺すツインタワーがビルの隙間からかろうじて見える。太陽の光を独占し、キラキラ光ってそこに建っている。
思わず見とれた(他の事は目に入らないんじゃなかったの(笑)?)。注意力は普段の3割程度にまで下がった。

とりあえず銀行に入る事にした。ガラス張りの綺麗な銀行での両替を決めたのだ。扉は回転式でその全てがピカピカに磨かれたガラスだった。私は力を込めてドアを押した。くるっと扉が回った。回りきった所で私は進む。「いざっ!両替っ!」ってな具合である。
しかし私は銀行に入れていなかった。ゴッという音と共に稲妻が光った。激突である。ピカピカのガラスにそのまま突っ込んだのだ。私は恥じらいなんてものを忘れて泣いた。徹底的に大泣きした。

中から2人の銀行員が大慌てで私に駆け寄った。事務所らしき所へ案内し、次から次へとティッシュを渡す作業に徹してくれたのである。お陰でようやく泣きやむ事に成功した。そして私はやっと「今思いっきり格好悪い状態でいる」という事に気付いたのだ。


それから約10ヶ月後の9月11日、その周辺は埃と煙でいっぱいになった。私のささやかな笑い話は複雑な心境のうえで話す事となってしまった。ピカピカのガラスはピカピカのままが良い。

(Mar/26/2002)